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歴猫の八兵衛・放浪記  飼い主の影響で旅するにゃ

ご主人様が歴史が好きで、付いてくうちに、楽しくなってきたにゃ!みんなも一緒に歴史の旅にでるにゃ〜♪

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赤穂城 (No.60)

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赤穂城の築城は早く、もとは赤松氏の一族の岡宏光という人物が始まりとされ、当時加里屋城と呼ばれた。
その後、赤穂は宇喜多領となり、1600年姫路藩主の弟池田長政が赤穂に入り、赤穂城の前身とされる大鷹城を築城する。

赤穂藩池田家の変遷とお城

4代とも、短い城主期間であり、4代目の輝興の時代に日本初の水道工事が始まったとされていて、赤穂城でも展示の目玉の一つになっていた。しかし、この輝興。何があったのか?妻の亀子姫(黒田長政の三女)に向かって発狂し、妻と侍女数人を斬り殺す事件が起こしたため改易となり、ここで池田家による赤穂藩は幕を閉じる。

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赤穂藩浅野家の変遷

池田輝興の改易処分の際に、幕命により赤穂に出向いたのが浅野長直。長直は
そのまま国替え、藩主を命じられたという。それから、55年後の事件。孫によってこんなにも有名な藩になるとは、思ってもいなかっただろう。

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↑大石神社内の物語絵図の一部     江戸東京博物館の実物大の松の廊下↑

江戸東京博物館江戸城ジオラマの松の廊下部分。
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/江戸東京博物館HP)

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東京両国周辺には、赤穂浪士のゆかりの地や歴史が学べる場所がいっぱいある。
特に江戸東京博物館は松の廊下の実物大の前を歩けるので、赤穂浪士ごっこで遊びたい!近くにある吉良邸跡や討ち入り後集合場所だった回向院(鼠小僧や勧進相撲でも有名)。血だらけの浪士達は入山を拒否された為、主君の墓のある泉岳寺(高輪)に向かったと言われている。詳しくは赤穂浪士編で。

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庭園から、門の方をパチリ。上の図でいうと、↓の方向。小さい丸(現在地)があるあたりに、日本初の水道管が通っていたとされる跡がある。足元注意!
堀の周りは海がもっと近くにあって、海上にも向けた珍しいお城だったそうだ。
12/14は、赤穂城がもっとも盛り上がる日‼︎『赤穂義士祭』が行われる。
この日の前後には、夜、電飾の天守閣が現れる。また、明治〜昭和の間ここは、赤穂高校の敷地として使われていたとか。

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お堀の上の飛行機雲がとっても綺麗だった。

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お城と大石神社の間には、山鹿素行先生の銅像があります。浅野長直が、大金を払って江戸から呼んだ兵学・儒教の先生。大石内蔵助も学んだと言われます。

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 では、隣の大石神社へ

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